お知らせ
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残りの人生やりたい事
僕は自分の人生を76歳と思っています。現在ではまだ若いと言われますが
若い時から僕は手相や占いをよくみてもらっていました。
大概は寿命を76歳ですと言われてきました。手相や運勢は変えられると言われていますが
僕自身はここに人生の終わりを設定しています。
確かにそれ以上生きている事も考えられますが僕の人生はここで終わり、それ以上もし
生きていられたならばもらいものです。
62歳より農業に取り組み、自給自足の設計を立て休みの日には家内と野菜作り。
63歳には大好きな九州の島に韓国人を対象にゲストハウスを作る。
64歳では海外に小さな食品製造所として2種類だけの食品製造を行う企業を確立し
65歳で北海道に野菜の加工だけの作業場を作る。
労働環境を整え、新卒の若い大学生が入社してくれる魅力ある企業となり
若い子たちが新商品を作り出せる環境を整える。
66歳ではやはり飲食店地元にオープンさせる。店名は「おかえりなさい」毎日夜
17:00より22:00までのお店。年末には近所の皆さん限定おせちを販売するのです。(^^♪
小さな船で従業員の為の魚漁と店でその日に提供する魚を獲ります。
自分の畑で取れた新鮮な野菜と魚で日替わりメニューを提供します、お客さんより
「大将、一杯どうぞ」と言われそこでビールを飲み自宅でのビール代を浮かし
歩いて毎日家に帰るのです。お客さんが自宅に帰り子供達も一緒に来れるような
お店にして、お客様が来てくれれば掛け声は「おかえり」です。
67歳になれば今の畑で栽培した野菜で限定商品を作り出し楽しみとする。
68歳では動き過ぎている自分にご褒美としてキャンピングカーを購入して
69歳には下の娘が大学を卒業し管理栄養士として我社に入社。
予防医学的な発想で様々な健康に留意した食事を加工業の観点からメニューとして
作り出していく。
昔、リンゴが医者いらずと言われていた時代のように、病院に行かなくても良い
食生活の提案が出来る食品を下の娘が開発を仲間と行っている。
69歳に時時点でキャンピングカーを購入して休みに日には家内と温泉旅行に
出かけているのです。
孫がいれば孫と一緒に3人4人で週末を過ごしている。
それ以降は、昼は工場にいる若い子たちと冗談を言い、3時になれば「おかえりなさい」の
仕込み。
朝は毎日工場周りの掃除をして、グリストラップの製造と浄化槽の点検。
70歳になれば目標である世界の子供たちが平等に学べると小さな学校が
完成できるような活動を行い、出来ればグラッツェミレー寄贈という看板が
作れれば、孫たちにお爺ちゃんはがんばっていたのね・・・
と言われて死にたいな・・・
これがやりたい事であり僕の目標です。
「願いは叶う」
有言実行あるのみです。